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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)97号 判決 1950年12月28日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人訴訟代理人弁護士橋本定上告理由第一点について。

論旨は(イ)被上告人夫婦(亡黒瀬正徳と被上告人)は、上告人の意思に関係なく、被上告人側夫婦の意思のみによつて上告人をその嫡出子として戸籍上の届出をなし、爾来上告人を実子の如く養育し、上告人も被上告人夫婦を実父母と信じて経過して来たものである。かかる場合には上告人側からは親子関係不存在確認の訴を提起することができても、被上告人側からはかかる訴を提起することは許されないものである。したがつて本訴は違法の訴である。次に(ロ)本件の場合の嫡出子の届出は、これを養子縁組の届出があつたものと認むるのが相当であるのに、原審は上告人のこの主張を排斥したのは不当であると主張するのである。しかし(イ)の点については、嫡出子は「妻が婚姻中に懐胎した子」であることを要件とするものである。ところが原審の確定した事実によれば、上告人は黒川真章と黒瀬律子間の婚姻外の子であつて、被上告人夫婦間の嫡出子ではないのに、嫡出子として戸籍上の届出がなされているのである。してみれば、この侭の状態では外形上嫡出子の親子関係が存在するかに見え、したがつてそのような法律関係をもつて律せられることになるから、上告人側からも被上告人側からも嫡出子関係は不存在の確定を求むる利益を有するものといわなければならない。そしてこの事実は、その届出が上告人の意思に関係なく被上告人側の意思のみによつてなされたものであり、また当事者間従来法律上事実上実親子同様の関係が持続されて来たものであるとしても、これ等の事実によつて嫡出子関係が創設される謂われはなく、しからば叙上確定の利益に消長を来すものではないのである。されば被上告人の本件訴は適法のものといわなければならないから、この点の論旨は理由がない。次に(ロ)の点については、養子縁組は本件嫡出子出生届出当時施行の民法第八四七条、第七七五条(現行民法第七九九条、第七三九条)及び戸籍法にしたがい、その所定の届出により法律上効力を有するいわゆる要式行為であり、かつ右は強行法規と解すべきであるから、その所定条件を具備しない本件嫡出子の出生届をもつて所論養子縁組の届出のあつたものとなすこと(殊に本件に養子縁組がなされるがためには、上告人は一旦その実父母の双方又は一方において認知した上でなければならないものである)はできないのである。しからば原審のこの点の判断には何等の誤りはないから、論旨は理由がない。

同第二点第三点について。

論旨は(イ)夫婦意思を同じうして嫡出子の届出をした場合には、その夫婦(即ち戸籍上の父母)は必要的共同原告としてでなければ本件確認の訴は提起できない。したがつて戸籍上の父である黒瀬正徳死後の今日においては、被上告人単独の本件訴は原告たる訴訟適格を欠く違法の訴である。次に(ロ)論旨必らずしも明確ではないが、本件嫡出子の届出は戸籍上の子である上告人の意思に関せずなされたものであるから、これを変更せんとする本件訴の理由ありとするには、上告人の意思に反しないこと、即ち被上告人の本件主張に対し上告人の同意又は承認あることを要する。しかるに本件はこの場合に反するから本訴は適法な訴の理由を欠くものであると主張するのである。しかし(イ)の点については、嫡出子関係は父母と子の三者の間の関係であるから、右戸籍上の父母が何れも生存する限りにおいては、以上三者は最も緊密なる利害関係者として当該訴訟の当事者(即ち戸籍上の父母対子)として相対立関与することを至当とするけれども、右父母何れか一方の死後においては、その生存一方の者と子との間において尚親子関係不存在確定の利益がある以上、右訴を提起し得るものと解さなければならない。けだしこの場合と雖も右訴を排斥する何等法律上の根拠なく、また現にこれが確定を求むる利益の存するものであることは多言を俟たないところであるし、また人事訴訟法は身分関係の合真実の確定のため、その訴訟当事者としての適格者の死亡の場合において、これが訴の提起並びに遂行に関し種々の配慮をしている点(人訴第二条、第二六条、第三〇条、第三二条等参照)から考えて、本件の如き場合これが単独の訴を認むるの趣旨であることは十分に窺知し得るところである。そして本件の如き嫡出子関係不存在確認の訴は、人訴法上の各規定殊にその第二章の規定を類推適用すべきものであることは、大審院の判例とするところであるが、当裁判所もまたこれとその見解を一にするものである(大審院昭和一〇年(オ)第二〇二二号同一一年六月三〇日判決同民事判例集第一五巻一二八四頁参照)。そして以上は所論嫡出子の届出が戸籍上の父母側の意思のみによつてなされ、或は右父であつた正徳は上告人を真実の子であるように将来を期待し確信して死亡したものであつたとしても、はたまた被上告人は爾来上告人に対し親権を行使し上告人は完全にこれに服従して来たものであつたとしても、これ等の事実によつて以上の理を異にするものではないのである。これば本件被上告人の訴はこの点においても何等の違法はないから、論旨は採るを得ない。次に(ロ)の点については、論旨主張を正当とすべき何等法律上の根拠はない。論旨或は民法第七八二条、第七八三条の趣旨を類推引用しての立論でありとするならば、右民法両条の場合は、本来真実の親子関係があつても、或る場合(即ち成年の子またはその直系卑属の承諾のない場合等)にはその主張を許容しないとするものであるから、それには右の如き特別の規定を要するものであるけれども、本件はこれに反し本来不真実の親子関係を合真実に確定を求めんとするものであるから、右民法の規定のような特別の規定の設けがない限りは、右を類推してそれと同様に論断することは許されないのである。よつてこの点の論旨も理由がない。

以上のとおり、本件上告は理由がないから、裁判官全員一致の意見により、民訴第四〇一条、第九五条、第八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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